長いブランクの後に
長いブランクの後に、またブログ復活です。
最期に書いたのはいつでしょうか? 2007年の12月のようです。 いろいろな事がありました。 2007年11月に10年ぶりに日本へ帰りました。 浦島花子の私は、寺神社巡りをし、妹の病気が治るようお祈りをしました。 関東から九州まで、北には行きませんでしたが、 満足した旅でした。初めて会う遠い親戚にもお目にかかり、 血が遠くても親戚が日本にいることに感謝。 2008年9月から癌と戦う妹の生活を助けるため、 彼女のBrooklyn宅へ住み込み。 10月にはこのブログでご紹介しましたmusicmanが癌と戦い続けた後、神様に召されました。 musicmanの死を見送り、同じく自分の癌とも戦い続けた私のたった一人の妹は、 半年後2009年4月、美しい春イースターの日に天国へ旅たちました。 その日は、世界中の人達が彼女の旅たちを祝うかのように祈りを捧げてくれました。 同年秋、11月頃から妹の猫、タケちゃんの調子が悪くなり病院へ。 余命なきと医者から覚悟を言い渡されましたが、奇跡の生還3ヶ月延命後、21歳という長寿をとげ、2010年2月に愛する妹の下に旅たちました。タケちゃんの旅たちと共に、大雪が降り始め、 火葬の日が2日延びる事になりました。タケちゃんが、私とグルちゃんのことを心配して家に長くいたかったのかなと思いました。大雪は美しい雪景色をタケちゃんの旅たちに届けてくれました。 2010年9月に私は2年ぶりの日本帰国。 久しぶりの東京を満喫し、セッションなどに出かけ、音楽シーンを少し探索。 NYに戻った後は仕事先が変わり生活に変化があり、バタバタしていたところ、 先週より、もう1匹の妹の猫、グルちゃんの調子が悪く、 緊急入院となり、3日入院後、帰宅はしましたが、秒刻みで様態が悪くなり、 苦しんだ末に意識が亡くなり、私の胸の中で静かに心臓が止まりました。 急性腎不全、14歳でした。 まだ若いグルちゃんの突然の死に余りのショックで5日間泣き暮らしましたが、 タケちゃんに甘えて育ったグルちゃんは今頃きっとタケちゃんと一緒だと思うと、 それでよかったんだと思えるようになって、涙がぴたりと止まりました。 グルちゃんの葬儀は空気の透き通った美しい秋晴れの日でした。 あまりに急だったので、早く妹とタケちゃんに会いたかったのかなと、 秋の青い空に高く舞い上がる煙はまるで天使の翼を付けたグルちゃんのようでした。 長いブランクでしたが、大切な命を見送ってきました。 また何か書いていこうと思います。 私の猫、チャーチ君は夏に20歳になりました。 高齢の猫は腎臓が弱って亡くなるケースが殆どですので、 覚悟はしていますが、まだよく食べるし、お漏らしもしません。 チャーチにはタケちゃんの21歳の記録を超えて欲しいな。 頑張れチャーチ!
by kimkimnewyork
| 2010-11-13 11:11
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